【呉】バンビ

呉にはカツカレーがおいしい喫茶店がある。
そんな風の噂をたよりにかつて訪れた喫茶店があった。



呉・「バンビ」
1963年創業。


今ではもう会うことの出来なくなった喫茶店の話。




街ゆく人10人に「街の名物は?」 と問えば
そのうち6〜7人からは「バンビのカツカレー!」という答えが返ってくるほど
バンビは呉の名物喫茶店だった。


呉は元々軍港の街。
軍需産業地帯として栄えた街は、戦後も引き続き工業地帯として発展した。
右肩上がりに人口は増えていき、それにともなって飲食店も増えていった。


バンビの歴史について。


1960年代初頭、バンビという喫茶店が呉にオープンした。
しかしその店は諸事情により創業から間もなく閉店の危機に立たされてしまう。
あわやバンビの短き歴史に幕か、と思われた時
そこに一人の青年が現れた。


彼はお店のノウハウと名前を引き継ぎ、喫茶店を再開させることになった。
それがバンビのマスターである。
こうして新生・バンビの歴史が始まった。



元々はコーヒーや軽食をメインとするスタイルだったが
ふとした時、マスターの思いつきがきっかけでカツカレーを出したところ大好評となった。



マスターは凝り性な性格で、カツカレーを作るにも
出来合いのカレーを使うことを良しとせず、
毎朝4時に起きてはカレーの仕込みをした。
朝日が昇ると店を開けてモーニングの客を迎え、
昼にはカツカレー目当てにごった返す人波を乗り越えて、昼さがりに一休み。
そこから夕方は仕事帰りの客の胃袋を幸福で満たし夜遅くに店を閉める。


呉で不動の地位を築いた「バンビのカツカレー」は
マスターとそれを支えるママさんの気持ちの結晶とも呼べるメニューだったのだ。


そんなバンビも今はなくなってしまった。


昨年の9月にマスターが体調を崩してお店を休んだ。
主を失ったバンビの完全閉店はそれから間もなくのことだった。
長い間マスターご夫妻は我々お客を喜ばせるために朝から晩までがんばってくれていた。




お店を閉めてしばらく経ったある日、
店内の片づけをしていたママさんが壁に貼られたメニュー表をはがした。
遠くから見た時は気付かなかったが、手元で見るメニュー表はほこりをかぶって色あせていた。
お疲れさん、とぬぐってあげてからふと目線を上げると、壁には意外なものがあった。


そこにあったのはメニュー表と同じ形の、――――――――真っ白な壁。


コーヒーやカツカレーの湯気、タバコの紫煙、そしてこれまでにここを訪れた人々の熱で
店全体の壁の色が変わるほどの時間が過ぎたことを
最後にメニュー表が教えてくれたのだ。



激動の時代を生き、惜しみない熱意を保ちながら長年お店を続けてきてくれたこと、頭の下がる思いです。


マスター、ママさん、そしてバンビというお店へ、
本当にお疲れ様でした。














やがてこんなことも遠い昔話になってしまう。
素晴らしいお店をめぐるストーリーもいつかは時代の風に消えてしまう。
昔話を知る人も、一人また一人と去っていく。
だけど記憶と記録が重なれば、ずっと続くものを見つけられる気がする。
それが、それだけが我々の目指すものです。




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