【防府】エトワル


檸檬日記」


今日も朝からお客さんが来ています。
お店を開けてすぐにどどっと皆さんいらっしゃるので少し慌ただしくなります。
いいえ贅沢は言っていられません。
この不景気にあってお客さんが来るのはそれだけでうれしいことです。
有難いことです。


朝一番は常連さん。そこから昼あたりは一寸暇をして
午後になると買い出し途中の方が休みにきます。
厨房のある一階と二階を何往復もします。
階段はやや急なのですが文句は言えません。
元気に動き回れることは有難いことです。



美しい窓。
五十年位前のある日あの席にはパッフェを食べたい食べたいとぐずっていた少女がいました。
さっきまでその席に座っていたのは、そのお孫さんです。
ご本人は向かいの席に腰かけていました。
親子三代で通ってくださるなんて、有難いことです。




青春の残光。
お昼のサイレンと一緒にドアーをくぐってきた大柄な男性は
二階に上がるなり少し見回して
一番角っこの席を指しました。
「いいですか。」
「ええどうぞ。」
大きなお体に何となく見覚えがあります。
あれは二十年ほど前だったでしょうか。
あの時同じ絵を見て言葉を交わした、同じ花を見て美しいと言った二人の―――。
あの遠き時代がほんのこの前のことのように思い出されます。

男性はさっきからずっとお店の中空に目をやってをぼんやりとしています。
在りし日の青春の残渣をお店のそこかしこに追いかけているのでしょうか。
そうです、お店はほとんど変わっていないのです。
私達が感じるよりもずっと永い時間が経ったけれど、また来てくれて有難いことです。



秋の日の硝煙反応。
近くの学校で入学式や学芸会がある日は目が回るくらい混み合います。
中でも運動会の日は朝から晩まで大人も子供も怒濤のようにいらっしゃいます。
夜近くなってお店にやってきた小学校の先生は真っ赤に日焼けしてへとへとになっていました。
なぜか先生が歩く後ろには火薬のにおいがします。
なんでもスタートの合図のピストルを撃つ係だったとか。今日一日で50発発射したそうです。
先生が額の汗をぬぐうたびに
○○小学校と刺繍されたジャンパーの袖口から細かい粉がパラパラ落ちてゆきます。
先生、校長先生も昔ピストルを撃ちまくっていたんですよ。
そうですあなたのお父さんですよ。

そういえばもうすぐ校長先生は定年ですねえ。
引退して時間に余裕ができるでしょうから、うちの店にも来てくださいね。
ただ来てくれて、有難いことです。



千客万来